「頭髪が抜けて」 匿名希望 17歳 女性 私は小学校6年生の頃にアトピーが出始めました。出始めた頃という事もあって、最初は体の一部分しか出ていませんでした。(アトピーというのは元来始めから症状が激しい例は極めて少ないものです。つまりIgE抗体の産生は徐々に抗原に刺激されて作られるとIgE抗体はアレルゲンと結びついてすぐに消費されてしまうからであります。一挙に大量に作られることはありません。一挙に大量に作られるのは、ステロイドで抑制された免疫系が目を覚ますときであります。)一部分しか出ていないということもあり、また、冬にもアトピーが出ないということもあって、その時期は病院からもらった塗り薬を適当に塗っていました。しかし、中1・中2の冬になる度アトピーはひどくなり、中3の冬には体・顔・関節にも出始めました。(現代のアトピーを始めとするアレルギーの治療はIgE抗体の産生と消費を一時的に抑制するだけであり、抑制が取れるとその度に小リバウンドを起こし、さらにそのリバウンドを抑制するとより大きなリバウンドを繰り返すわけです。最後はどのようにしてもステロイドで抑制できないことが分かったときに、初めてステロイドの怖さを知り止めなければならないことに気が付くのです。)その頃には病院でもらった薬ではなく、市販のものを使っていました。朝学校へ行く前に、必ず顔に肌のかさつきが分からないように多量の薬を塗っていました。(このように毎日美容の為に塗るようなステロイドの使い方をすると、ステロイドの皮膚への影響は甚大であり、ステロイド離脱に際して頭髪が抜けたりすることになるわけです。)それと、首の皮膚は白い粉のようにボロボロ剥けていました。私も周りの人を気にする年頃だったので、本当に悩んでいました。そして、高校1年の頃にどこか良い皮膚科はないかと言っていたときに、クラスメートの友達が松本先生のことを教えてくれました。(このように私の治療でアトピーが良くなった友達が私の医院の話をしてくれるわけですから、いずれ治療の内容を知らなければ私の医院に来ることは無いわけですから医院の宣伝も自由にできるようになれば良いと思います。勿論嘘のある宣伝は罰せられるようにするのは言うまでもありません。いつも思うのですが、嘘を書いて読んだ人に不利益をもたらすことになる本を書いたり宣伝したりする人が罰せられないのは不思議でなりません。) 治療を始めて1ヶ月頃に皮膚が硬くなったかと思うと、そのうちに皮膚がボロボロと剥け始めました。鼻の下や口、そして関節などがひび割れてきて、体は赤黒くなりました。皮膚が剥け変わるピークの時には全く眠れず、次の日もぐったりという日々でした。体中から汁が出て何とも言えない匂いがし、朝起きると冬なのに、パジャマがぐっしょり濡れていました。(今まで抑制されていた免疫系が正常に働きだして、いわゆる大リバウンドをするわけです。リバウンドの出方はまず最も新しく抑制した免疫系が目を覚まし順番に後戻りしながら抑制が取れていき、最後に最初に使ったステロイドのリバウンドが見られるようです。つまり免疫系は記憶のシステムであり、抑制された時間差をも記憶しており、近い抑制ほど早く出してしまうわけです。)この時期は、何を食べても運動しなくてもなんと体重が減る一方でした。(体中からの汁というのは主にリンパ液であり、多量の水分や蛋白が含まれています。勿論脂肪も糖分も含まれています。そのような栄養分が体外に出てきますと栄養不良となり、当然体重の減少が見られます。従って特に十分な蛋白の補給が必要です。さらにこのとき、喉が極端に乾きますから水の補充は絶対に必要です。同時に尿量が減りますが、何も腎臓の病気の為ではありません。)また、今度は指の関節がひび割れて、曲がらない、手も洗えないといった状況でした。さらに、これでもかという感じで頭の毛までも抜けていきました。(何人か全頭性禿頭症と言って良いくらいに男の人も女の人も髪の毛がすっかり抜けてしまうことがあります。これは大量に使われたステロイドで変性された頭皮の皮膚が剥がれるときに一緒に髪の毛も抜けるためです。勿論、頭皮の細胞に対する直接的なステロイドの影響もあると思われます。しかし、毛根は皮膚の奥深くに在りますから完全にふさふさとした頭髪が戻ります。)お風呂を上がった後、櫛で髪の毛をとかすとズボッと抜けて櫛は真っ黒でした。この時期は、先生に「すぐに生えてくる。」と言われて証拠の写真を見せてもらっても、(すでに何人か全頭性禿頭症になって治った人の写真がいろいろあるものですから、見せてあげる訳です。)さすがにショックで泣いてばかりいましたし、外に一歩も出ませんでした。1月や2月頃はますます広い範囲で抜けていきました。周りの人と目があったら、「何この人、気持ち悪い。」と絶対思われているとしか思えなかったし、じっと私のことを見てきた人は、思いっきり目をそらしたり、睨んだりしてきました。その頃には私の心には余裕はなくて、人の視線にびくびくしていました。しかし髪の毛が生えてくるのはあっというまで、短い毛がどんどん生えてきました。もうその頃には、体の方はすでに良くなって夜もぐっすり眠れ、自分でもすごく良くなってきたという実感がもてました。友達にも「最近皮膚がきれいになってきたやん!」とも言われました。(このような若い女性がとてもひどいリバウンド症状を乗り越えられたのもやはり私と患者さんの間に絶対の信頼関係があったからです。私が日々の診察の中で嘘は絶対言わないがゆえに勝ち得られる信頼であります。と同時に、自分の言葉に対して絶対の責任を果たす覚悟があるからです。) 最初、松本先生は早口で怖い感じがしたけど、本当はすごくいい人だということが分かりました。(私は短時間の間に出来る限り正しい情報を出来る限りたくさん伝えたいという気持ちがあるものですからどうしても早口になります。不足の分は資料を渡して家でゆっくり読んでもらっています。)私がここまでやってこられたのも友達や松本先生、そしてスタッフの人や看護婦さん、針の先生が励ましてくれたからです。それに「治ったら、おしゃれがしたい。出かけたい。」という気持ちがあったからだと思います。また、この治療は特に食事制限が無いことや、治療中にやりたいことでやれることは何をしてもいいという普通の日常生活が送れたからだと思います。(食事制限などの馬鹿げた治療を続けて栄養不良児を作ることが得意な先生が多いようです。ただその先生方にひとつ尋ねたいことは何故祖先たちが食べてきた食事が現代食べてはいけないのかについて考えたことがあるのですか?)このことでアトピーのことをよく知ることができ、関心を持つようにもなれました。松本先生に会わなければ、私は一生苦しんでいたかもしれません。誰だって一生アトピーで苦しむよりも、皮膚が剥け変わる少しの間苦しむ方がいいですからね。これからもまだ薬を飲まなければなりませんが、これからも本当によろしくお願いします。(結局この患者さんは喘息もあったのですがそれも完治しております。これは当然のことであり、IgE抗体が皮膚で使われることによってIgE抗体がどんどん作られ使われてしまうので、最後にIgE抗体が減少し戦いが終わりますと気管支で使われるIgE抗体が無くなってしまうからです。つまり私だけが全てのアレルギーをこの世の中から根絶する理論と治療法を知っているわけであります。)
<上の表の説明> 高校生にしてはIgE抗体の最高値が一万を超え、初期値の十倍近い上昇を見ることは珍しいことです。やはり毎日美容の為にステロイド剤を用いたことが一因だと思います。この方は激しいリバウンドにもかかわらず、学校を休んだことがありません。リバウンドの辛さは肉体的な苦しみというよりも、精神的な戦いであり、患者さんの精神力が試される機会でもあるわけです。 |