「死にたくなるほどの子供のアトピー」 堤 壮一郎 3ヶ月 生後1ヶ月頃、おでこにプツプツとした湿疹が出ていました。(たいていの場合アトピーの初発症状はこの様に簡単な湿疹から出ます。)育児書を見ると乳児湿疹(乳児湿疹のほとんど100%がアトピーです。母乳に含まれているダイオキシンをはじめとする化学物質がアレルゲンになるわけです。)だろうと思われたので、石鹸で洗ったり、1日に何度となく顔を拭いたりしていましたが、生後40日目には、ほっぺたまで真っ赤になり、その上、黄色い汁が出てきてそれが乾いてカサカサし始めました。(軽症な初発症状が急激に激しい症状に変わる赤ちゃんが増えてきました。これはそれだけ多種多様の高濃度の化学物質が母乳を通して赤ちゃんに入るようになったからだと考えられます。) そこで、近所の小児科で受診をしたところ、「アトピーかもしれない。」と無責任な発言をされ 、(無責任と言う意味がどういう意味で患者さんのお母さんが使ったのか分かりませんが、アトピーと診断することは正しくもあり責任の有る発言であります。勿論、治療法は無責任なものであるでしょうけれど。)非ステロイド系のアンダーム軟膏と消毒液を処方されました。薬を塗ると、一時的にきれいになるものの、次に見る度に様子がひどくなっていくように思え、心配になって別の病院へ変わりました。 そこでは"脂濡性湿疹"(この患者の湿疹をある医者は乳児湿疹と言いますが、これらは全てアトピーなのであります。)と言われ、クリーム状のステロイド剤を処方してもらいました。これは本当に嘘みたいに一度塗るだけできれいになりましたが、2・3日もすれば 前以上にひどくなりました。(まさにステロイドであったわけです。)この頃には顔だけでなく、頭の中・背中・足手胸とおむつをしているところ以外は全部赤いプツプツでいっぱいでした。あまりにひどくて何とか治る方法はないものかと再び病院へ連れていくと、すぐ入院するように言われました。入院中は、1日2回入浴した後消毒をし、全身にステロイド系のリンデロンvという薬を塗ることと、24時間抗生剤の点滴(これはまさにステロイドの点滴であります。)をしていました。産まれて2ヶ月半、見たことのないきれいな姿になったのは入院して2日目のことです。しかし、喜んでいたのも束の間4日目の朝、点滴をはずした後、顔に2つ3つとプツプツが出ていると思っていたら、夕方には大きな地図を書いたようになってしまいました。この日、私の母がステロイドの副作用を書いた本を見せてくれ、それを読んで「このままここで治療を続けていても、症状を抑えるだけで、治すことにならない。かえってステロイドを一生使い続けなければならなくなってしまうかもしれない。」と強く思うようになりました。そんな時、同じ病室の方から松本先生を紹介されたのです。日も早くここを脱出して子供を見てもらいたいと思いました。(紹介された方は私が治してあげたアトピーの患者さんです。)その方からお話を伺っていると、1日も早くここを脱出して子供を見てもらいたいと思いました。 次の朝、逃げ出すように退院の手続きを取り、病院を出たその足で松本先生を訪ねました。先生の「私が絶対治してあげます。お母さん、半年我慢して下さい。」という言葉に何ともいえない安心感と治る確信を得ました。そしてこの日から、壮一郎とアトピーの戦いが始まったのです。(この赤ちゃんも出会うまでにステロイド外用剤や点滴をしてきたので「半年掛かる」と言ったのです。何も治療されずに出会いがあれば一回の治療で治ることもあります。治すのに要する時間は二つのファクターが決めます。一つは赤ちゃんの異物を認識する能力の度合いと、二つ目は出会うまでにどんな治療をされてきたかであります。どんな赤ちゃんもほとんどが治療を始めて数ヶ月から一年以内にアトピーの症状はなくなってしまうと断言できます。) はじめのリバウンド現象は目を覆うほどのひどさでした。全身が赤いブツブツでいっぱいになり、顔は腫れ上がり、ところどころ黄色い汁が出てきました。痒みも強いのか髪を引っ張って毟るので頭には大きなハゲが2つできました。(赤ちゃんにもハゲができることがあります。しかし必ず治ります。)夜中にキーキーと金切り声をあげて泣いたり、寝入っても、15分も経たないうちに顔を掻きむしって起きる壮一郎を見ていると、退院の時処方されたステロイドは全部捨ててしまったのですが、どこかに残っていないかと探してしまうほど辛かったです。治療を始めて2ヶ月半ほどの間は、良くなったと喜んだり、また出てきたと悲しんだりの繰り返しでした。時には、精神的に参ってしまって「壮一郎と一緒に死のうか!」と子供を抱いて泣くこともありました。しかし、いつか必ずきれいになる日が来ると信じて、歯を食いしばって過ごした2ヶ月半でもあります。そんなある朝、壮一郎の顔を見て驚きました。昨日とは明らかに違うブツブツもジュクジュクもない顔です。(このようにアレルギーの戦いが一挙に終わったと思われる瞬間があります。その後は良くなるだけです。何かアレルギーの戦いを止めさせるメカニズムが免疫機能に内蔵されているようです。私はこれを免疫麻痺と言っていますが、このメカニズムも謎に包まれています。このメカニズムを明らかにすればノーベル賞をもらえるでしょう。)この日を境に、日一日と体も顔も普通の子供のようになっていきました。3ヶ月が過ぎた頃からはツルツルになったものの、まだ全体がピンク色をしていて、何となく心配でしたが、知らない人が見てもアトピーだとは分からないくらいまで良くなりました。 その後、7ヶ月になりますが外見上は全く比べものにならないほど改善されています。ここまで壮一郎が良くなったのも、松本先生の「お母さん、頑張りましょう。心配なことがあれば、いつでも電話してきて下さい。」という力強い励ましと、主人と私の両親の理解の協力のおかげだと感謝しています。(実を言えば患者さんのおばあさんのいとこにあたられる方が手記に載っているK.Kさんであり、この方も激しいリバウンドを乗り越えてアトピーを完治されました。このK.Kさんが私を信じてくださったので、最後までこの赤ちゃんのお母さんを励まされた力も大きな手助けとなりました。)まだこれから、先生に「もう卒業です。来なくていいです。」と言われるまで、もうしばらく壮一郎と一緒に頑張って行かなくてはと思っています。(とっくに完治されて松本医院を卒業されております。途中喘息の症状も出たのですが、この喘息も漢方で簡単に治してあげました。) |