「ステロイド人間を離脱して」 埜部 光男 36歳

(この患者さんが当院において最も大量に最も長期に渡ってステロイドを用いてきた患者であり、従って最もステロイドの離脱で苦しんだ人です。しかしこのような患者もステロイドを離脱でき完全にアトピーは治ります。)

 私は、乳児期の頃からアトピー性皮膚炎が出始め36年もの月日が経ってしまいました。ステロイド剤の塗布を始めたのは3・4歳の頃からでした。乳児期の頃は、まだステロイド剤はなかったのです。(昭和36年は国民皆保険が確立した年です。ステロイドの合成はアメリカで1940年代の初めになされました。そして戦後(1948年)に一般に売り出されました。当初ステロイドは極めて高価で一般の人には手が出なかったのです。しかし国民皆保険が行き渡ってから雨後のたけのこのように皮膚科が生まれステロイドが一般の人々に普及していったのです。それまで皮膚科というのはほとんど無く泌尿器科・性病科がいわゆる皮膚科の仕事をしていたのです。その後ステロイドの副作用が公になるまで大量に使われるようになったわけです。)ステロイド剤が出始めた頃から使用しているのですから、当然どのような副作用があるかも分からず、画期的に良く効く薬だとしてもてはやされていたのです。(このステロイドはリュウマチの痛みを即座にとるものですから、にせ医者が特効薬として乱用して捕まり新聞種になったことがよくありました。)なんと痛ましいことでしょうか。私は、そのステロイド剤を使用し続け、止めるに止められなくなってしまい、ついにはステロイド人間になってしまったのです。

 私の小学生の頃は、アトピー性皮膚炎ができている子供といえば学校全体で私ぐらいのものでした。(この頃は日本がやっと高度成長経済に入り始め、日本中に化学工場が作られ大量の化学物質を生産し自国のみならず外国に輸出して、どんどん環境を汚染しアレルギーを引き起こし始めたのであります。)だから子供ながらにも他人に皮膚炎を見られるのがいやで、みんなが半袖半ズボンなのに長袖長ズボンを着ていたのを思い出します。(この患者さんは環境汚染化学物質をいちはやく認識して、自分の体を化学物質から守ろうとした免疫学的には最も優秀な人であったわけなのです。しかし、医者達はその意味付けを全く理解できずどんどん薬害病にしたてあげていったのであります。)症状としては、手足の関節・首筋・額がひどい小児期特有のアトピー性皮膚炎でしたが、小児喘息も持っていましたので喘息がきつい時は、皮膚炎はましで喘息が治まっているときは、皮膚炎はひどかったです。(アトピーと気管支喘息は結局は原因は同じなのです。つまり食べ物や水から体内に入ってきた化学物質を皮膚から出すのがアトピーであり、気管支に入ってくる化学物質を入れまいとして、気管支を収縮したり咳き込んだりして排除しようとするのが気管支喘息なのであります。いずれにしろIgE抗体を作って化学物質と結びついて排除しようとするわけです。従ってIgE抗体が気管支で使われているときにはIgE抗体はどんどん気管支に集まり、皮膚で使われるIgE抗体は減りアトピーの症状は楽になるわけです。)また、季節の変わり目(冬から春、秋から冬)が一番ひどかったです。(まず、季節の移り変わりに花粉が化学物質を引っ付けて人体に入ってきます。と同時にこの時期は夏ほど新陳代謝が活発でなく汗も出ず、異物が汗から排泄される度合いが少なく皮膚がかさついてくるわけです。)でも夏場などはかなり状態が良くて水泳も普通に行っていました。(実を言えば海水浴はアトピーにとって素晴らしい自然治療法と言えます。というのもすでに述べたようにアトピーの治療というのは体の中で起こっている免疫反応にタッチする事は、結局は後で免疫反応の逆襲をうけ、これがリバウンド現象であり、更にアトピーが悪化するわけです。ただすべきことは、外に現れた目に見える症状である皮膚の傷と目に見えないブドウ球菌による表皮感染だけに対して対処すれば良いわけです。塩水はステロイドで傷つけられた皮膚を剥き、同時に黄色ブドウ球菌をも殺すことが出来るからこそ自然療法になるわけです。しかし塩水は皮膚の傷を治すことはできませんから、完全な自然療法とは言えません。)

 中学に入った頃から小児喘息はぴたっと治ってしまいその分アトピー性皮膚炎がひどくなりました。(皮膚で炎症が起こればIgEは皮膚に集まり気管支に残るIgEは減るからです。しかも、皮膚は大人で3平方メートル以上の排泄場所があるわけですけれども、気管支はせいぜい数10平方センチメートルしかないわけですから、一度皮膚に広範囲に炎症が起こると更に多くのIgE抗体を皮膚に集め気管支喘息の症状が完全に一時的に消え去ることがあります。これはすばらしい現象です。なぜならば喘息で死ぬことはありますけど、アトピーはどんなにひどくても死ぬことが無いからです。つまり皮膚に症状が出れば出る程、喘息で死ぬことがなくなるというわけです。毎年喘息で7000人が死んでいます。極めて残念なことです。従って喘息の症状をまず漢方で除去し、その後、アトピーを治すということはアレルギー全体を治すことに通じるわけです。勿論、漢方は喘息だけの患者さんも簡単に治すことができます。)しかしながらステロイド剤を塗布さえすれば治まっていたので、特に副作用のことも考えずに塗布し続けました。

 大学生になった頃から一向に治らないアトピー性皮膚炎に嫌気がさし、いろいろと病院を変えましたが一向に治らないのでとうとう諦めてしまい、私は一生ステロイド剤を塗布し続けなければならないのだと嘆きました。しかし、嘆いたところで誰も助けてはくれません。自分一人で耐えるしかなかったのです。(これほど病院や医院がが多い日本でこのような嘆きを吐かせる日本の医療とは一体何なのでしょう?無責任の極みです。)

 そして、大学を卒業し社会人になってからは、アトピー性皮膚炎は更に悪化していきました。四季の変わり目とは関係なく1年を通してできるようになり体全体へと広がっていったのです。(ステロイドを用いれば用いるほど体内のIgE抗体は一時的には減る現象が起こりますけど、結局はリバウンドの為にIgE抗体は倍増していくわけで、IgE抗体が増えれば増えるほどわずかなアレルゲンとの遭遇が頻繁になりいつもアトピーの症状が出るわけです。実を言えば理論的にはIgE抗体を一時的にゼロにすることができるわけです。それはアトピーの症状に関わらずステロイドを注射で毎日毎日投与しますと段段免疫が抑制されIgE抗体が作れなくなり、同時に作られていたIgE抗体は自然と代謝されて血中から消失して行きます。従って最後はIgE抗体はゼロになります。しかし、その内にステロイドの多彩なな副作用が出現し始めます。そして止めたときにステロイドの激烈な禁断症状で、それこそ人間を止めたくなるほど苦しまざるを得ないでしょう。)仕事の帰りが遅くなる、気苦労が絶えないなど精神的ストレスが大きく影響しているように思います。(ストレスは全ての病気を悪化させます。)

 この頃になると、ステロイド剤は副作用が強いので塗布し続けることは良くないということで、新聞・TVでよく報道されるようになっていました。しかし、すでにステロイド人間と化してしまった私は、止めることができず、どのような副作用があるのかも気に留めませんでした。また、その頃通っていた皮膚科の先生に尋ねても「ステロイドを飲むには良くないが、塗るくらいなら大丈夫だ。」と言われ疑いもしないで信じきっていました。(確かにステロイドというのは1・2回位ならば注射も飲み薬も塗り薬も全く副作用は残さないでしょう。問題は数回用いてアトピーが治らない故に副作用が問題になってくるわけです。従って、この医者の発言はまさに不誠実そのものです。悲しいことです。)この時点でもっと疑いを持ち、アトピー性皮膚炎についての書物を読み、脱ステロイドを行うことができていれば、この先にやってくる目も当てられない事態を避けられていたかもしれないと思うと大変悔やまれて仕方がありません。ただまだこの頃(今から13年ほど前)は、脱ステロイドを唱える先生はあまりおられなかったような気がします。(現在でもステロイドは悪いと言いながら、実際は少ないとか弱いとかと言いながら、世間を欺いてステロイドをこっそりと大量に使っている医者が数多くいます。私のように完全に100%ステロイドを使わない医者は皆無でしょう。)

 それから月日は更に流れて行き、33歳を過ぎた頃からヘルペスができるようになりました。(ステロイド人間になっていくと皮膚の免疫力が落ち、昔ならば決して起こり得ないヘルペスが若い元気な人達に見られるようになりました。)初めてできた頃はそれ程気に留めなかったのですが、毎年2回ほどできるようになりどうしてこんなによくできるのかと思い、皮膚科の先生に尋ねても「抵抗力が弱くなったときにできるのです。」と言われるだけでした。ステロイドの副作用の一つの免疫反応の抑制が現れだしてきているとは一言も言ってくれませんでした。もう私の体は、ステロイド剤の副作用でボロボロになってきているのに、まだステロイド剤の塗布をし続けている馬鹿者だったのです。仕事から家に帰ってくると、気分がホッとするのか全身に痒みが走り(恐らく痒みを支配する神経は副交感神経だろうと考えられます。)、掻きむしって皮がボロボロと積もるほど剥け落ちていました。それから、胸のあたりの皮膚がかなり薄くなりだしてきていたので(ステロイドは皮膚の細胞の分裂を抑えるので皮膚が段段薄くなっていきます。)、お風呂上がりに皮が突っ張りだし激痛がするようになり、1時間程はのたうち回っていました。(まさに火傷の症状そのものです。)

 その頃、私のいとこもアトピー性皮膚炎(私ほどはひどくありませんでした)で悩まされていたのですが、ある看護婦さんに絶対に治してくれるところがあるからそこに行きなさいと教えてもらって行ったのが松本医院だったのです。その治療法は、ステロイド剤は一切使用しない、漢方と自然の治癒力で治すという事でした。(私は自然治癒力という曖昧な言葉は実は使いません。このような言葉を使う医者はアトピーの本体を理解していない医者なのです。御存知のように私はもっと先を行っています。)私は、まだ半信半疑でしたが、いとこの方は先生の治療を受け始めたのです。今まで使用していたステロイド剤をある日突然に使用するのを止めるのです。私は、止めた当時のいとこの姿は見ていませんでしたが、1ヶ月程したときに一度会ったのですが顔は赤く腫れ上がり、眉毛も無くなっている姿を見たときは大変びっくりしました。ステロイド剤を使用するのを止めるとこんな事になるのか、なんと恐ろしい薬なのかと思いました。しかしながら私は、まだ使用し続けていたのです。それから半年程していとこに会ったときは、なんと見違えるほどのきれいな皮膚をした姿を見てまたもやびっくりしました。(当医院の患者はこのように治った人達が紹介してくれた患者さんがほとんどです。勿論このいとこは残念ながら治ってからも手記を書いてくれませんでした。これらの今読まれている手記はほんの僅かな篤志家が書いてくれた数少ない手記であります。ましてやステロイドの被害が少ない患者さんで治してあげた人達は五万といるわけですがいくら頼んでも書いてくれません。残念です。私は現在用いられている皮膚科の教科書の間違いを正したいと考えています。その証拠に手記を書いてもらっているわけです。医者の作った病気を無くしたいのです。全てのアトピーは治ります。是非治られた患者さんは手記を書いてください。お願いします。)ステロイド剤の使用を止め、漢方と自然治癒力だけでこんなに良くなるものかと思いましたが、仕事の方が忙しく自分の体を無視し続けたのです。(ちなみに自然治癒力と言うのは一言で言えば自分の正常な遺伝子を取り戻し、その遺伝子の命令で健康な生活が出来るようにしてくれる力と考えます。)

 とうとう天罰が下るときが近づいてきました。(実はこの天罰は医者に課せられるべきなのです。被害者に天罰が加わることが現在の日本の無責任な医療制度の弊害であります。)私の体は、風邪もひいていないと言うのに常に微熱が出るようになり(アレルギー熱と軽症の細菌感染が原因であります。)、便も常に下痢気味になってきました。(これも消化管アレルギーと同時に消化管の細菌感染が原因です。)この時は、ステロイド剤の副作用だとは分からずに、行きつけの内科の先生に診てもらったりしていましたが、よく分かりませんでした。そして、ついにアトピー性皮膚炎が激化し仕事もできなくなってしまったのです。もう私は、松本先生にすがるしかないと思い、松本医院に足を運んだのでした。私は先生に、「どうしてこんなにひどくなるまでほおっておいたのか、もっと早く私の所に来なかったのか」と大変叱られました。(叱ったのではなくてこれほどまでのひどい状態にした医者に対する憤りが怒りとなったのです。実を言えば、この患者さんは本格的に治療する1年前に一度来院されたことがあるのです。すぐにステロイドを止めなければ、さらにリバウンドがひどくなると告げたのですが、仕事がどうしても休めないという理由で1年後に本当にひどい状態で私に助けを求めてきたのであります。)しかし、「絶対に治してやる。私を信じなさい。」と力強く言われて、これからやってくる離脱に立ち向かっていく勇気が出てきました。また、離脱初期の頃には、状態が気になるとのことでわざわざ家に電話をかけて下さったり、病院が休みの時に何かあったら自宅に電話をかけてきなさいと自宅の電話番号を教えてもらいました。こんなに患者のことを心底思ってくれる先生がどこにおられるでしょうか。(ステロイドからの離脱は患者さんにとって初めての経験であり、それこそ苦しい初体験のオンパレードです。私も絶対の自信がありますが、決してなめてはいけません。最も怖いのはただひとつ感染症(それはブドウ球菌と3種類のヘルペスウィルスによる感染)だけであります。それ以外のいかなる状況も恐るるに足りません。いかなる状況をも乗り越えさせるのが医者としての腕の見せ所であり、医者冥利につきるところであります。)

 しかし、既にボロボロになりかけている状態から離脱を始めたのですから、見るも無惨な姿になるのはあっというまでした。離脱を始めて3日程で体全体がぼこぼこになり、顔は腫れ上がりフランケンシュタインのような顔になってしまいました。そして、体全体から滲出液が出てくるようになりました。また、今まで続いていた微熱が高熱へと移り変わっていったのです。(これは本格的なブドウ球菌感染が体内で生じていたのです。前にも述べましたが、この患者さんは8ヶ月前にアトピーの息子さんと一緒に来られ今すぐ治療しなければ感染症も起こりやすくなり、さらにステロイドを取りにくくなると警告したのですが、仕事がどうしても休むことが出来ないということでどうにもならないほど悪化してから再び訪ねてきたわけです。勿論息子さんのアレルギーは簡単に治りました。)離脱をすると免疫力が低下しているので細菌が感染してしまっていると先生は、抗生物質をくださったのですが、私の場合は時既に遅く、既に重症の感染症になっていたようです。そして、離脱を始めて1週間後の10月24日には入院(松本先生の知り合いがいらっしゃる総合病院)する事になりました。(現在はアトピーの治療を確立したので、どんなひどい人も入院する必要はなくなりました。あの当時はこの患者さんの栄養状態も悪く患者さんの家族の意向もあり入院してもらいました。入院先は皮膚科ではなく親しい仲間のいる内科であります。その仲間と常に連絡を取りながら病状についてアドバイスをしていたわけです。何故皮膚科に紹介しないかというと、このような患者を入院させますと、ステロイド離脱に協力してくれるどころか逆に大量のステロイド軟膏を用いるかステロイド注射をして一時的に見掛けの症状を例のごとく取るだけだからです。)

 入院後も、体全体はどんどん真っ黒になっていき、滲出液の出る量も日増しに増えていきました。(ステロイドを止めるとステロイドで生かされてきた皮膚の細胞がステロイドの命令が無くなるために皮膚が黒くなって死んでいきます。さらに、皮膚の崩壊の度合いがひどいと奥に在るリンパ管近くまで破れリンパ液が漏れ出ていきます。)入院3日後の夜でした。午前2時頃に、うなされるように目が覚め気付いてみると、パジャマ全体がプールにでも飛び込んだ位にドボドボに濡れてしまっていたのです。それからは、タオル又はガーゼで全体を覆い包帯でぐるぐる巻きにし、よくテレビなどに出てくるミイラのような状態になっていました。この滲出液が非常にひどかったときには、朝夕2回の栄養剤の点滴にもかかわらず、血液中のタンパク値がかなり下がってしまい、タンパクの血漿を輸血しなければならないほどでした。(この患者さんは血中の蛋白が2.8/dlまで栄養状態が悪くなりました。正常はこの2.5倍の7.0/dlであります。)

 また、感染症の高熱も抗生物質の点滴をしているにもかかわらず、一向に下がってくれませんでした。高熱が下がるのに約1ヶ月もかかりました。幸いにも感染症による後遺症はどこにも出ませんでした。(ステロイドの離脱に際して唯一怖いのは感染症による菌血症です。外来診療では抗生物質の内服しかだせません。従って重症の感染症に対しては抗生物質の点滴注射しかありません。この為に入院してもらったわけです。)

 また、不思議なことに滲出液が出ているときはそれ程痒くなかったのですが(これはIgE抗体やヒスタミンなどの痒みを起こす化学物質やそのような化学物質を作る肥満細胞などがリンパ液の滲出液と共に体外へ出ていってしまうのでアレルギー反応が減るからです。従っていつも患者さんに言っているのですけど、症状がひどければひどいほど結局は早く治るわけですから何も嘆くことはないのです。)、止まってくる頃からは激しい痒みにおそわれるようになり、大変耐え難いものでした。そして、体全体が火照ってしまい、真冬だというのに布団も使わず、タオルケットだけで寝ていました。このような地獄の入院生活中には、何度となく「もう、こんな状態には耐えられない。死んでしまいたい。」と思ったことか・・・。しかし、私には妻と二人の子供がいるので死ぬわけにはいきませんでした。ではまた、ステロイド剤を使ってしまおうかとも考えました。しかし、「ここまで我慢したのだからもう少し頑張ってみよう。ステロイド剤を使っていても副作用でボロボロの体になってしまったのだからやり通すしかない。」と考え直す日々でした。また、この離脱は自分一人では到底行えるものではありませんでした。家族全員のステロイド剤の副作用の理解と私に対する暖かい介護があったからこそ行えたと思っています。母は寝泊まりをしながら(この患者さんのお母さんはとても立派な人でした。いかなる激しい離脱症状に際しても私に対して一言も愚痴を言うことはありませんでした。普通の患者さんの家族はこのような離脱症状が起こると、まるで私が引き起こしたと言わんばかりにクレームをつけます。他のいかなる医者が出来ないことを私自身も苦しみながら全面的に引き受けて勇気を持って果敢に治療しているにもかかわらず、感謝するどころか抗議するという悲しい事態にしばしば出会います。副作用について語らなくても許される現代日本医療の大きな弊害のひとつであります。)、滲出液でドボドボになったタオル・包帯などの取り替えと(自分一人では到底できませんでした)、この大量に出る洗濯物で1日中働き回っていました。妻は、家で子供の世話をしながら漢方薬を煎じ(2番煎じも行っていました)てくれていました。父は、その煎じ薬を病院まで持ってきてくれていました。本当に家族全員のお陰でステロイド離脱という大義を通しきることができたと思っています。(ステロイドを用いなければ単純な個人の病気で終わってしまうのに、ひとたびステロイドを用い続けると家族を巻き込む大病になってしまいます。)

 そして、やっと退院の時がやってきたのです。私の場合は重症でしたので、(確かに重症という言葉では表しきれないくらいに恐ろしい状態でした。)3ヶ月にも及ぶ入院生活が続きました。退院後も若干の滲出液が出ていましたが、4ヶ月間の自宅療養を経て離脱開始から7ヶ月半で会社に復帰することができました。大変長い道のりでしたが、復帰できたという喜びでいっぱいでした。

 復帰したのはちょうど6月からで、梅雨という時期でありましたが、状態も悪くならずに元気に働くことができていました。ところが7月中旬になると、暑さで通勤時に汗をかくようになり、何か皮膚の状態がおかしいと思うようになりました。(これは夏の暑い日光の紫外線により、未だ取りきれていなかった変性した表面の皮膚が剥がれだしたわけです。)そして、皮膚がだんだんごわごわするようになり、忘れもしない7月26日には、上半身からまた滲出液が噴き出し身動きがとれないようになってしまいました。当然またもや突然の休職という事になりました。会社に復帰できたときは、「もう大丈夫だ。多少一時的に悪くなったとしても良くなっていく一方だ。」と信じきっていた私にとっては、かなりのショックでした。もう目の前が真っ暗になってしまいました。どうしてまたもやこんな離脱期の状態になってしまったのだと嘆きました。(初めの離脱ほどではないけれども、再び激しい離脱症状を体験する患者さんが何人かいます。)

 この時は、最初の離脱期の時よりひどい倦怠感を感じました。そして1週間もしない内に全身がまたもや真っ黒になってしまいました。そして2週間くらい経つと、その真っ黒な皮膚がボロボロと剥け落ちました。また、この夏の暑さに耐えきれず、24時間冷房の効いた部屋に閉じこもった状態が1ヶ月間も続きました。なんとひどいことか、私の奥底までもがステロイド剤に犯されてしまっていたのかと思うと、ひどい憤りがこみ上げてきました。こんな薬を平然と患者に与える医者は、悪魔だと思います。(薬の副作用を言わなければ罰せられるという法律を作るべきです。)

 9月中旬頃になると暑さもだいぶんと和らぎ体の方もだいぶんと楽になってきました。そして、今までのことを反省するくらいの気持ちのゆとりも持てるようになりました。離脱を開始して会社に復帰するまでの7ヶ月半で、体についていた筋肉はほとんどなくなり、ほっそりとした体になり、体力も全然ありませんでした。自宅療養中に行ったことといえば、軽い散歩程度のものでした。これではいけないと思い、軽い運動から徐々に始め、体が慣れてきたならば全身が汗ばむくらいの運動を週に3回程度行いました。残りの日は散歩をしていました。また、朝はシャワーで夜は漢方風呂だったのを朝晩漢方風呂に入るようにしました。この様にするようになってからは、体の回復の状態が以前よりかは早まったような気がします。(私が長い時間をかけて作り上げた漢方風呂はまさにアトピーの後始末である傷を治すという目的に最高の威力を発揮してくれます。)

 あの悪夢の7月26日から今は11月の中旬ですが、かなり良くなり12月からはまた会社に復帰します。まだ全身は、鳥肌だったような状態が残っていますが、ステロイド剤を使うことなく日常生活が送れることがどんなに有り難いことかを思い知らされています。この私の手記を今読んでおられる方で、ステロイド剤をまだ使われているのならば今すぐにでも止めて下さい。未来には私のような地獄が待っているだけですよ。また、離脱は自分一人ではできません。松本先生のような患者の身になってくれる良き先生と、ステロイド剤の副作用を理解した家族全員の協力がなければできないと思います。そうでないと途中で挫折してしまうと思うのです。挫折してしまっては意味がありません。そのためにも家族全員の協力が必要なのです。

 最後になりましたが、松本先生に出会えて本当に良かったと思っています。そして、私のことを介護してくれた家族全員にも大変有り難く思っています。また、突然の休職で会社の人々にも大変迷惑をかけ長期にわたりましたが、また私を迎え入れてくれる会社にも有り難く思っています。(脱を開始して1年2ヶ月)本当に最後になりましたが、ステロイド剤は「百害有って一利なし」です。ステロイド剤を使用しない漢方と自然治癒力の元で(確かにアトピーは環境汚染化学物質との戦いであり、放置すれば最後には戦いに負け自然に治癒するという意味で自然治癒力と言えます。従って漢方でアトピーを治すと言う言い方は正確ではありません。漢方はただ免疫を上げてどんどんIgEを作らせ、早く戦いを終わらせると同時に皮膚の傷の再生を促進してくれるだけです。)アトピー性皮膚炎を克服しようではありませんか。(この患者さんは男の中の男だと思います。果敢に自分の病気を引き受け、強い精神力で最後まで乗り切ってくれました。今はバリバリ仕事をこなしておられます。)

<上の表の説明>

初診時にはIgE抗体は16000で最高値は40000近くに上昇しました。私が今まで経験した最高値は70000近くありました。この方は50年以上ステロイドを使ってきた人でありました。元来治療しないで放置すれば絶対にこんなに高くなることはないのです。何故ならば、IgE抗体というのはアレルゲンに刺激されて免疫系が発動し、IgE抗体を作りアレルゲンと結びつかせてすぐにIgE抗体は使われてしまうわけであります。従って一度もステロイドを用いずにアトピーの治療を当院でされた患者さんのIgE抗体は、全てせいぜい数百です。その症状の後始末をするだけで症状の改善と共にIgE抗体も100前後の正常値に戻っていきます。