「手記」 奥田 佳朗 32歳 私のアトピーとの出会いは高校生の時からでした。クラブの合宿前検診で、甲状腺の肥大が指摘され、検査を行ったところ甲状腺機能亢進症(バセドー病)と診断され甲状腺機能を抑える薬(メディカゾール)を服用し始めました。その時点から発疹が出始めたため、薬での治療は早めに切り上げ甲状腺部分摘出の手術により対処することとなりました。 手術は順調に終了しました。その後でも発疹はしばらく続いて皮膚科に通うようになりました。それほどひどい症状でもなかったため少量のステロイドで収まっていました。 高校を卒業し、岡山の大学に進学した頃には発疹(アトピー)はほとんど治まっており大学での生活ではそれほど苦労はしませんでした。化学薬品メーカーの研究職で就職が決まり大阪に戻ってくることが決まり再度大阪での生活が始まりました。就職し5,6年は通常の生活ができておりました。学生時代からよく海に行く生活をしておりましたので、今から考えるとそのことがアトピーに対しては良かったのかなと思います。手術以降、甲状腺の方も順調でありました。ある時期、仕事でアルデヒド類を多く使用する時期が続いたときにまたアトピーが酷くなってきました。 その頃、結婚することが決まり、私のみ新居に移った頃でした。 皮膚科に頻繁に通うようになりまず原因の探索に入り、パッチテストなどでアルデヒド類が原因物質である要因が強いと言う判断となりました。仕事場ではアルデヒド類を扱う場合は局所排気設備のあるところで扱うなど配慮を頂き、家の方ではシックハウスの検査等をして原因物質に気を使い治療を続けておりました。そのときの治療ではできるだけステロイドを使用せずどうしても症状がひどい場合医師の指導のもと使用する状態でした。 そうしているうちに症状は軽減していく状態でした。そのころ職業上、東京の大学へ留学のチャンスがあり体調に不安がありましたが単身赴任で東京に行くことにしました。 東京で2ヶ月ほど生活した時点でアトピーがどんどん酷くなりだし、頻繁に日本医科大学付属病院に通うようになりました。そこでの治療は、抗アレルギー剤とステロイドで症状を抑える方法で湿疹はあっという間に全身に出るようになり普段の生活にも支障をきたし始めていました。何とか留学先での仕事をしておりました。症状がひどい状況になると全身に強いステロイドを塗るだけ。担当医師も行くたびに異なりあまり誠意の感じられない対応でした。その頃では、頻繁にヘルペスが出るようになり外に出ることもあまりできない状況でした。ヘルペスが治まると仕事をする生活をしておりましたがそのときでは顔は常に真っ赤になっており前身の湿疹もひどくなり身内の前でも服を脱ぐことがたまらなくいやでした。一応2年間の留学と言う契約でしたが、会社の事情により1年で大阪に戻ることとなりました。(自分自身もう一年はとてもきつい状態でしたので内心ほっとした面もありました。) 大阪に戻っても症状は回復に向かわず、妻の知人からの紹介で松本医院にて治療することと致しました。最初は会社を休職する状態になると言うことから迷っておりました。 しかし、松本先生の「必ず治してあげるから私を信じてください。」と言う言葉と、完治された方々の手記を読んで、ここで治さないといつまでもこのままだ。自分の体を犠牲にしてそこまで会社に重点を置くことは無い。これほど苦しんでいたのに会社は私に何をしてくれたんだ。と言う思いから治療を決心しました。長引くようだったら職業を変えてもやむを得ない。と思っている時に先生は私に、「職業を変える必要はない。化学薬品を使う職業でも元に戻れるようにしてあげるから!」と言ってくれました。ステロイドをやめて治療に入ったとたん今まで体に溜まっていた物が一気に出てきたかと思えるかのように、体中、真っ赤で湿疹でいっぱいになりました。今、そのころの写真を見ても「ゾー」とするほどでした。その時は、絶対に治るんや!がんばれば元の体に戻るんや!と思い必死にがんばりました。他の方よりは比較的早めに症状が回復し始め、約2ヶ月休職し元の職場に復帰することができました。復帰してから約半年が経ちますが以前のように化学薬品を使用していても症状が酷くなると言うことはほとんどありません。現在も通院は続けておりますが以前の状態と比べるとほぼ元に戻っている状態です。治療には家族(妻)の協力が欠かせないものとなりました。先生に感謝するとともに妻の協力にも感謝しております。 今の心境としてはあの状況からよくここまで回復したなと思っております。 湿疹の為、外に出ることが苦になっていた頃からは精神的にも安定している事を実感します。今、アトピーで悩んでいる方も勇気を出して松本医院で治療することを進めます。先生の「必ず治してあげる」の言葉を信じてください。私がそう思うのも、多くの患者さんが松本医院で治療してよかったと思っておられることに裏づけられていると思います。 松本医院とはこれからも長いお付き合いになると思いますがこれからもよろしくお願い致します。 |