「詳細なアトピー完治の記録」 歌津 大起 5歳 (大起くんのお母さんはとても几帳面なお母さんで、膨大な子供のアトピー治療の記録を丹念に書いてこられました。私との出会いの前と私との出会いから完治に至るまでの、6冊の写真入りの驚くべき精細な記録であります。それを簡略にしたものが手記であります。とても貴重な記録であり、 一冊の本として私との共著で出版も考えております。) ステロイド軟膏使用記録 平成8年9月〜平成10年1月30日…1年5ヶ月
(2歳からアトピーが始まりすぐに上記の病院にかかりました。どの病院も日本的に有名な病院でありますが、どこへ行っても根本治療はできないのです。見掛けを良くするだけの治療を懲りずに続けているだけで、やはりどこへ行ってもステロイドを出しております。土佐清水病院はいかにもステロイドを使っていないふりをして、たっぷりステロイドを出しています。) ステロイド決別日
(大起くんのお母さんはいろいろ勉強されステロイドでは治らないことを知り、ステロイドを止めることにしたのです。しかし顔だけを止めても身体はステロイドを止めないという、全く支離滅裂な治療法では全く意味がありません。しかも、ステロイドを止めてどのようにすれば治るのかという理論も持たない治療ですから、患者さんを導いていく力がなく、途中で挫折せざるを得ないのです。) 平成10年2月17日 (3歳と7ヶ月) <脱ステロイド21日目> 顔を掻くと汁が出る。全身に引っ掻き傷。温泉に4回入れる。以前のように汁が流れ出るような感じではなく、ふわ〜と沸いてくる感じ。トイレと食べる時以外、ほとんどベッドにいる。(早速ステロイドの離脱症状が出現しているのです。)
平成10年3月18日 以前にもましてよく食べる。よくうんちもする。(ステロイドを断ち切ると、抑制されていた免疫反応が開始されますので人体の仕事が一挙に増え出します。と同時に皮膚の新陳代謝が猛烈な勢いで始まり出します。さらに体液が体外へ出るときは蛋白質や水分がどんどん失われていくので、食欲が異常に亢進し水分も大量に補給しなければなりません。いくら食べても飲んでも体重が減ることはよく見られることです。逆にむくみが増え続けるときには体内に大量の水分が貯留するので体重が増えることもしばしば経験することです。)
平成10年4月1日 <脱ステロイド64日> 膝・足・ひび割れひどし。顔から汁よく出る。
平成10年5月9日 <脱ステロイド91日> 全身カサカサ。肘・膝から黄汁。掻き傷ひどし。ほっぺた黄汁が泉のように沸く!温泉水白濁。顔がキレイなのは鼻だけ。依然、痒みのためぐっすり眠れず。何回も起きて掻く。生源・青汁飲ますも、変化無し。
平成10年5月30日 吹田日本オムバスへ。合同説明会のあと個別カウンセリング。カウンセラーが不動産屋の営業マンみたいだと気に入らず。温泉湯治は見送る。(医者でない日本オムバスのこんな医療行為がどうして許されるのでしょうか?厚生省、もっとしっかりしてください、と叫びたくなります。脱ステロイドは重症であればあるほど医者でも困難であるのに、どうして素人が責任を持ってステロイドを完全に抜けきることができるでしょうか。何はともあれ感染が生じて熱が出た時に、素人はどのように責任を取れるのでしょうか。) 北の園クリニック(5:30〜7:30)オムバス顧問医。 アドバイス
(以上のオムバス顧問医のアドバイスはアトピーの根本治療には全く関係がありません。ぬるめのお風呂に入ることも、痒みを緩和したりすることも、遊びを見つけてやることも、のびのび育ててやることも、アトピーの治療には何も関係ありません。したいことをできる範囲で何をしても良いのです。ただ、いかに傷を治し感染症をいかに起こさないようにするかだけがアトピーの自然後天的免疫寛容にいたる唯一の道なのです。) 平成10年6月1日 おばあちゃん(サンダル山もりいいヘップのボンド)のところでひどい蕁麻疹。化学物質アレルギー。(蕁麻疹もアレルギーの一つで、症状的にはアトピーの不発型と言えます。これもアトピーが治ると同時に全て治ってしまいます。)
平成10年6月6日 ほっぺ両方ジュクジュク。掻き傷多し。食欲は旺盛。おしり、赤くなってデコボコしている。肘が赤黒く、変色、耳切れ、黄汁。(このような症状は単にリバウンドだけではなく、同時に正常なアレルギー反応が加わっています。どれがリバウンドで、どれが正常な免疫反応かの区別は不可能です。)
平成10年6月19日 顔の炎症が激しい。真赤っ赤。ひどい。外に出れない。磁気活水機(モニター)頼まれてする。アトピーに効果無し。(アトピービジネスの最たるものが現代の皮膚科の治療でありますが、それに加えて次々と新手が現れます。しかも何の責任も持たないアトピービジネスが栄えています。私の治療法だけが責任を持って根本治療ができることを、この時点ではまだ大起くんのお母さんは知らなかったのです。私を知るのが早ければ早いほど、アトピー患者の苦しみは軽減されるのに。私がこの手記を書いてもらったのは、日本の、いや世界のアレルギー患者の苦しみをできるだけ早く除去してあげたい為なのです。)
平成10年6月27日 イアニス療法研修会(\78000)リーガロイヤルホテル大阪。背骨の矯正法。父も母もマスターして帰るものの、肝心の息子が暴れてできない。1〜2ヶ月続けるも効果無し。 生源・青汁・赤汁(8ヶ月)・温泉水・飲泉、全く効果無し。さらにひどくなる。 (最近、宗教団体である法の華が詐欺の疑いで摘発されました。足の裏診断と言って、病気の人を癌になるとか死ぬとか脅かしてお金を巻き上げた疑いです。それでは、現代のアトピー関連の擬似医療行為は果たして法の華とどれぐらいの違いがあるのでしょうか。無責任さにおいては大して違いはないと思います。信用を媒体とするビジネス行為は全てその目的が達せられないときには、貰った金は返却せねばならないという法律を作るべきです。つまり病気の治療を始めるときに治るという保証がない限り、その治療はインチキではないかと疑ってかかるべきです。私は常に患者に言っています。『治らなければお金を返す』と。これだけのことが言える絶対の責任と自信を持った医者だけにかかるべきです。) 平成10年7月1日 <脱ステロイド152日> 肘と顔が悲惨。ほっぺからおびただしい血汁。足・カサブタ、傷だらけ。痛くて歩きづらそう。
平成10年7月17日 愛媛県越智郡大島へ転地療法(姉宅)。皮膚の状況は離脱のピーク!アトピーと知らぬ島の人に「ムカデに噛まれたん?」と聞かれる。(転地療養というのは全く意味がありません。誰が勧めたのでしょうか。全く無責任なアドバイスです。如何なる医療行為もその根拠がなければやる意味はありません。アトピーの治療と転地療養とでは全く関係がありません。) ウーロン茶風呂。ミネラルウォーター風呂。1日2回、各30分〜1時間。毎日入れる。 相変わらず顔の炎症がひどく、思いきり掻きむしって膿も出る。症状はさらに悪化。姉の勧めで傷薬・トフメル塗るも効果なし。腕は掻き傷の黄汁が張り付いて硬くなっている。
平成10年8月25日 <脱ステロイド204日> 痒みは昼間はマシだが、夜ひどく痒がる。肌の状況は相変わらず悲惨。
平成10年9月 会社の近くの不動産屋さん(飯田さん)の紹介で、松本先生にTelする。薬及び病院不信で、どうせどこへ行っても同じだわと思いながらも、夫がやかましく「電話してみろ、駄目もとだろ。」と言うので電話をしてみると、今までの自信の無いありきたりのことしか言えない先生方と違い、様々な質問にもはっきりと答えてくれ、なんだかとても嬉しくて行ってみようと決心する。お話が早口だけど、面白くてアトピーの本も山盛り読んできて、自分なりにこれが一番正しいと思えるような”自然治癒力で治す”という考え方に近い先生のような気がした。(私は今だかつて一度たりともアトピーを自然治癒力で治すなどと言ったことはありません。結論から言うと、私の治療法は自然治癒力の破壊というべきです。というのは、アトピーが治るというのは化学物質に対して人間の持つ自然の免疫の力が敗北してしまうからです。そして無理矢理、化学汚染環境と共存せざるを得なくなるからです。) 平成10年10〜12月 以来、夫と共に朝・晩激しく泣き叫ぶ息子を羽交い締めにし、ネオヨジンで消毒後、漢方の湯約1時間、その後赤い塗り薬、エルタシン。息子は漢方薬はどうしても飲まず、先生に相談すると「漢方薬は飲めないなら飲まなくていいよ。」と言ってくださる。(漢方煎剤の効能は免疫を上げ、皮膚の新陳代謝を極めて活発にさせることです。漢方煎剤を飲まないで自分だけの免疫力と新陳代謝の力で皮膚を入れ換えるのには相当な時間がかかります。ただこの子の場合は年齢が五歳である上に、既にステロイドを止めてきていたので漢方煎剤を使わなくてよいと言ったのです。ところが、長い間違ったアトピー治療歴を持って来院される成人の患者さんは、そうはいきません。例えば六年、十年と自分でステロイドを止めてもまるでインド人やスリランカ人のように皮膚を真っ黒にして来院されることがよくあります。つまり、自分勝手に十年もステロイドを止めたところで、皮膚の新陳代謝は遅々として進まないことを物語っているのです。しかも漢方煎剤を飲み出すと、IgE抗体の上昇はてきめんに観察され、しかも皮膚の崩壊と剥離が急激に始まるのです。従って成人の場合は漢方煎剤を飲まなければ当院に来られる意味はないわけです。)痒みはまだまだ続くものの、日に日に顔がきれいになっていくので、母はそれだけですこぶる嬉しかった。漢方のお風呂で気持ちが良いのか寝てしまうことも度々であった。息子の頭を支える母の手はしびれそうだが、それでも1分でも長く入浴させたいので、頑張ったものだ。
平成10年11月8日 大起の顔が、小さいカサブタが2つあるだけでスベスベとして綺麗になった。
平成10年11月27日 大起、発熱38.4℃。(ブドウ球菌感染が起こったためです。抗生物質を飲めばすぐに熱は下がります。)
平成10年11月28日 熱下がる。
平成10年11月29日 松本医院、松本先生曰く、「分からない事があれば何でも電話してきなさい。遠慮しなくて良いから。」。思えばこんなことを言ってくれる先生、今までになかったなー。これからも先会えるかなーと思うほど、患者を安心させる”名ゼリフ。”(何も私は言葉だけで患者さんを安心させようとしているのではありません。私は15年間ステロイドを一切使わずにあらゆる年齢の、あらゆる重傷度のアトピーの全てを責任を持って治してきました。時には医者である自分自身も身震いするくらいの患者を治してきました。従って全てのアトピーの脱ステロイドの全てのプロセスを知っているといえます。ところが患者さんにとってはたった一回きりの始めての経験ですから、戸惑うことやパニック状態になることは何も不思議なことではありません。私はプロの医者で、患者さんからお金を貰っている以上、あらゆる患者さんの状況に対して責任を持つ必要があります。しかも熱が出たときなどは、それが細菌によるものか、ウイルスによるものか、すばやく診断し対処すればどんな感染症も恐いものではないのです。1日遅れるだけで重症化してしまうこともしばしばあるのです。従ってできる限り早く患者の異常に気がつく必要があるからこそ、病院のみならず休日の日は自宅に電話するように前もって知らせておく必要があるのです。)
平成10年12月21日 コーンスープを飲んで蕁麻疹。3時間くらい痒みが続き、首筋・おでこがボコボコに膨らむ。
平成10年12月25日 大起、発熱39℃。足先・足裏引っ掻き傷多し。膿も出てる。太ももにブツブツ出る。
平成11年2月7日 松本先生曰く、疑り深い夫に「お父さん、絶対治してあげるよ。治さんかったら家一軒、否3軒建ててやるがな!」。大起、まだまだ痒い日が続く。つづく。(このように治るという保証をつけるために、お金を返すという以外にあまりにも疑い深い患者に対しては家を何軒もあげると確約するのです。私はアレルギーの全てとリウマチを完全に治すことができるので、治らなかったら何でもあげると言っても何も困ることはないのです。)
平成11年3月25日 神戸ハーバーランド(商業地)より、学園都市へ引越しする。花と緑の多い住宅地へ。 平成11年4月13〜17日 幼稚園入園す。大泣き。14・15日、大泣きしながら。16日しくしく泣きながら。17日、泣かずに幼稚園好きになる。
平成11年5月16日 松本先生曰く、寄生虫のことを聞くと、「あいつは偽善者だ!毒をもって毒を制するとはうんぬん。」(東京医科歯科大の教授の藤田という先生は、寄生虫がいなくなったからアトピーが増えたとあちこちのマスコミを通じて言うことで、時代の寵子となっています。この説が間違っているのは次の理由からです。寄生虫がいなくなれば、それを排除するためにIgE抗体はもはや必要でなくなるのです。それでもIgE抗体が作られ続けるのは、新たなるアレルゲンが人体に進入する必要があるのです。そのアレルゲンについて彼は一言も口にしません。そのアレルゲンこそは私の言う現代日本の文明が作り出した化学物質なのです。化学物質だと言えば、彼は日本の政財界から拒絶され、あちこちでもてはやされなくなることを知っているからこそ口にしないと考えます。従って偽善者だと言うのです。) 1学期初め〜6月頃まで幼稚園でも時々痒がっていたが、7月頃から暑くてもあまり痒みを訴えなくなる。家でも乳製品さえ食べさせなければ、ほとんど日中は痒がらなくなる。しかしながら、お風呂上りと寝る直前、必ず痒くなる。
平成11年6月22日 牛乳入りハヤシライス食べて蕁麻疹。(牛乳には飼料に含まれている農薬がたっぷりと含まれており、ハヤシライスの牛肉やたまねぎやトマトにも、農薬や抗生物質が大量に含まれているのです。)
平成11年7月11日 くるくる寿司で蕁麻疹。(くるくる寿司のネタである魚はほとんど養殖魚です。抗生物質や飼料の農薬がたっぷり含まれています。もちろん、シャリの米には思いきり農薬が入っています。)
平成11年7月18日 SPA WORLD(大阪)でプールを楽しむ。出たがらず4時間位入る。3年振りのプール!大喜び!この夏プールに5回も行く! 平成11年10月1〜3日 東京ディズニーランド。外食続きでも、あまり痒がらず。(徐々に個々のアレルゲンに対して自然後天的免疫寛容が起こりつつあるからこそ、外食でもアトピーが出なくなりつつあるのです。)
平成11年10月9日 幼稚園、運動会。暑い日、痒くて泣き出す。すぐおさまる。
平成11年11月10日 昼間はほとんど痒み無し。風呂上り、寝る前、たまに夜中少しだけ痒みはあるがすぐにおさまる。
平成11年11月11日 松本先生 早いもので、松本先生に息子を診て頂いて早1年と2ヶ月になりました。お蔭様で、見た目にはアトピーと気付かれないくらいに蘇りました。本当にありがとうございました。(子供のアトピーの自然後天的免疫寛容が起こる期間は、千差万別ですが平均的には一年前後だと考えられます。しかしこれも当院に来られる前にどれだけステロイドや抗アレルギー剤を使ってきたかによるので、正確には実は何も言えないのです。この子の場合も私の医院に来て1年2ヶ月でありますが、それ以前に1年近くステロイドを断ってきているのですから、やはり普通の生活ができるのに2年近くかかっているわけです。)御指導の通り、真面目に消毒をし、漢方の湯に1日1〜2時間入れ、赤い薬を塗り、1ヶ月から2ヶ月でひどい状態は落ち着きました。あまりに早く良くなって、親も子も心身ともに本当に楽になりました。まず何と言っても一番嬉しいことは、夜ぐっすり眠れるようになった事です。この3年間、母と子は激しい痒みの為に、毎夜、何度も起きては掻き、少し眠ったかと思うと、又起きて…。泣いてばかりいたゾンビのような顔が、子供らしいツルツルのほっぺが帰ってきて、すこぶる可愛い顔になりました。 松本先生には深く感謝し、厚く御礼申し上げます。(医者が病気を治すのは当然のことです。むしろ他の病気を作っている医者をもっと声を大にして批判すべきです。) 思えばいろいろな皮膚科・アレルギー科にかかり、民間療法もあらゆるもので試しました。医者にかかればかかるほど、薬を使えば使うほど悪くなるような気がして、アトピーに関する本を読みあさり、良いと言われることは何でも試した日々もありました。(良いと思うことでもその根拠がなければペテンにかけられているのも同然です。どうすればこのような無責任な状況を変えることができるのでしょうか。皆さん考えて下さい。) 結局は、身体は薬が治すものではないということ、薬は少しの手助け、要は自分の治す力を引き出すことにあると思うに至りました。(素人は現象だけを見てこのような考え方をします。病気によっては薬で治さなければならないときもあります。この子の場合も飲み薬は何も使わずに治したものですから、お母さんは自分の治す力を引き出すことによって治ったと考えていますが、実は治す力が無くなることによって治ったと言うべきなのです。) 反省するにあまりにアトピーに正面からぶつかって、やっつけてやるぞとばかりに生活全般、全てアトピーに焦点を置きすぎて(やれ防ダニ布団だ・除去食だ・生活改善だ・添加物だetc)、心に余裕が無かったのは、それこそアトピーにはマイナス要素だと思いました。もっとゆったりと構えて、もっと優しく息子に接していれば治りも良かったのではと、深く反省しております。(このお母さんは子供に対しては始めから終わりまで息子に対して最大限やさしく接してこられたと思います。しかし、私以外の全ての医者が治せないアトピーに対して医学に無知な母親に何ができるというのでしょうか。息子のアトピーを治すために子を思う親の気持ちから、いろいろと手を出すのは当然のことです。ただ責任を持つべきは治療行為を行う医者達ではないでしょうか。) 松本先生が、いつもの名セリフ。「僕が治してあげます。分からないことがあったら、困ったことがあったらいつでも電話してきてください。遠慮しなくて良いから。」。実際、2回、子供が熱を出した時電話させていただきましたが、適切なアドバイス、本当に感謝し、安心致しました。 「僕が治してあげます。」、本当に有難い言葉です。積極的な言葉です。この言葉ほど、アトピーに悩む人々に心の平静と余裕をもたらしてくれるものは無いと断言します。(このお母さんは純粋で賢くて素直なお母さんでしたから、僕が治してあげますよということを信じてくれました。しかしこの世の中にこの私の言葉を素直に信じられない大衆が残念なことに何と多いことでしょうか。この手記は私を信じられない人の為に書かれているのです。) アトピージプシーのようにいろいろな病院の門を叩きましたが、松本先生のようにはっきりものを言う先生はなく、あやふやで出すのはステロイドにアンダーム・抗ヒスタミン剤に抗アレルギー。明石病院にいたっては、眠れぬからと3歳の子供に眠剤。(明石病院の水治療というのは理論もなく馬鹿げたものです。医者自身が自分のやっていることの理論も分からないと言っている治療に、なぜ大衆はついていくのでしょうか。)身体に良かろうはずはないのに。食事日誌をつけながら来るように言われ、一生懸命書いても見てくれなかった日赤の田村先生。「小麦のアレルギーは奈落の底のようにひどいものよ。」とおどかすばかり。しばらく、まにうけて小麦食べさせなかった…。(この先生方は昔から小麦を食べてもなぜアトピーが出なかったのかという疑問さえ抱かないのです。残念です。)
平成11年11月12日 今だから言えることかもしれないが、アトピーの子供を授かって本当に良かった。子供を思う心が、いろいろな本を読ませ、情報を収集し、あちらこちらの病院行脚させた。添加物・東洋医学・温泉・アトピーに関する本は、何十冊か読ませてもらった。大半の先生方は”よその子供が困っておるわ。まあ、人事だ。”という感じだった。「私が治してあげます。」なんて言う先生は、松本先生以外いなかった。自信も確信も信念も無かったのであろう。(自身の確信も信念もないが故に、彼らのやることは病気をひどくさせることなのです。薬の副作用も一言も喋らずにせっせと病気を作り続けているのです。なぜ彼らがその責任を取らなくてもいいのでしょうか。皆さん考えて下さい。) 抗アレルギー剤・抗ヒスタミン剤・ステロイド軟膏・非ステロイド軟膏しか持ち駒の無い先生ばかりであった。消毒(イソジン療法)も良いかもしれないといって、イソジンを出しますと言って、出すのを忘れた先生もいた。消毒の仕方を聞いても曖昧な言い方で、”大丈夫かな、この先生?”と思ったときもあったっけ。ステロイドは徐々に止めていけば良いという先生方ばかりであった。(ステロイドは一度使い出すと止められない麻薬のようなものです。というのは、リバウンドといって症状を止めるためにステロイドを使うと、はじめの症状よりもひどい症状が出てくるからです。従ってステロイドを徐々に止めるという事は言葉の遊びであり、不可能であり、従って嘘です。) 私は松本先生のはっきりした、自信たっぷりの押しの強い喋り方が大好きである。何よりも治療法に確たる大きな信念が感じられて、お話していると楽しいし安心する。人によっては、その大いなるpowerに圧倒されてしまう方もあろうかと思うが、病をいやす医者たるもの、ありあまるpowerで患者の毒気を吸い取って欲しいものである。(私のpowerの源泉は真実という永遠に変わることのない事実から生まれるものです。全ての患者から私は人並はずれたpowerを持っていると言われます。それはアレルギー治療における真実を私は全て知っているからです。) |