「松本先生を疑い続けて治ったリウマチ」 北島 美恵子 49歳

 

 健康雑誌の手記を時々目にする事がありますが、あまり信用できないとか少しオーバーに書いているのではないかという思いがあるのは私だけでしょうか。(その通りです。マスコミは本を売って儲けるために、悪徳医者が書いた根拠のない記事を載せた本を無責任にも大量出版しています。とりわけ治らないとされている病気が治ったと題して、堂々と大新聞にその本の広告を載せています。藁をもつかむような気持ちでそのような本を買い、その本の内容に従っていろいろな医者を訪ね歩いて治らなかった時に、誰が責任を取るのでしょうか。いつも疑問に感じていることです。日本の国は嘘をついても罰せられないという不道徳な国に成り下がってしまいました。残念です。)

松本医院に寄せられる手記も事実良くなったからなのですが、疑い深い私は半信半疑でした。しかしそれが半年後には真実であるということを認めざるを得なくなったのです。現にこうやって治った自分が手記を書いているからです。(この方は当初は字も書けないほど両手首や指の関節の痛みはひどいものでした。)

信じられない事でしょうが本当です。「とても嬉しくて嬉しくてこの喜びを苦しんでいる人達に教えてあげたい。」そんな気持ちです。(まさにこのような手記は治った患者さんが今現在リウマチで苦しんでいる人達に『リウマチは治るんだ』という証拠を自ら伝えてもらうために書いてもらっているのです。)

 私が発病したのは平成11年の1月頃でした。

朝起きると足の裏が少し痛くなりそれが日を追うごとに広がっていきました。近くの大きな病院に受診するとリュウマチの初期だろうといわれとてもショックでした。私は何とか初期のうちに治せないかと先生に詰め寄りましたが、「リュウマチは治りません。」との返事。(この医者の言い方は間違いです。正しくは『私は治せませんが、松本医院の松本先生は治すことができる』と言うべきです。)それからあちこち病院を回って診てもらいましたが、同じ答えしか返ってきませんでした。気持ちが落ち込んでしまい、この先、障害者になってしまう自分を悲しみました。家族、特に夫に負担をかけるようになる事を思うと早く死んでしまえたらと願うようになっていました。(実際、リウマチが治らないことを悲観して自殺した人も多くいます。)痛み止めを飲みながら何とか仕事と家事をこなしていましたが、平成122月頃から薬も効かなくなり、仕事もできなくなっていきました。どんどん症状が進んでいく私を心配し、夫も色々治療の情報を集めてくれていました。私は他の治療を受けるために東京へ1ヶ月間行ってきましたが、目覚しい効果も得られず41日家へ戻ったばかりでした。(聞く所によると星状神経節ブロックという治療のようです。アトピーでも星状神経節ブロックをやって、治らなかったアトピーの患者さんを治したことがありますが、全く得体の知れない訳のわからない治療法です。いずれにしろ根拠が全くありません。なぜこんな治療法が流行るのでしょうか。この方も本を読んで治ると信じて、1ヶ月間もの間東京に泊まり込んで空しく戻ってきたのです。)気落ちした私を夫は励ますように松本医院のことを話してくれました。治った人がたくさんいて、その人達の手記がインターネット上に紹介されていました。まさに私があまり信用していない手記です。でも今回は何か今までの雑誌や宣伝で見る手記とは違うような気がして、私は少しの希望と疑念を持ちながら次の日夫に付き添われ松本医院を訪れました。(この方が違うような気がされたのは、やはり私のインターネットには理論とデータが出され、治る根拠を掲載していたからだと思います。それでも半信半疑であったのは、情報が真実であるかどうかを誰も保証してくれないからです。やはり間違った情報を流した人間は罰せられるという法律をできる限り早く作るべきです。政治家の怠慢であり、いつまでもそのような政治家を選び続ける一般民衆の責任です。)

 土曜日だったせいか、狭い待合室は患者さんで溢れていました。(土曜日・日曜日は他府県からアトピーとリウマチの完治を求めて来院されるので、待合室は人で溢れかえっています。)漢方薬のにおいが部屋中たちこめ、何か怪しげな雰囲気でした。(私が使う漢方薬のほとんどがエキス剤ではなく漢方生薬ですから、漢方の臭いが部屋中を満たしているので、他の医院とは異なる独特な雰囲気があります。)しばらく待って自分の名前が呼ばれ診察室に入ると、医者らしき男性が医師の象徴でもある白衣や聴診器もつけず、椅子に腰掛けていました。(私は汚れることははないので白衣を着ていません。それに幼児の患者も多く、白衣を恐がるので白衣を着ないことにしています。さらに白衣は医者の権威の象徴でもあるので、私は権威が大嫌いですから着ないことにしています。)診察台の上にはコンピュータと書類が雑然と置いてあり、私は今までの病院とは異質のものを感じ、何かわからない不安がこみ上げてきました。(今まであちこちの医者で騙されてきたものですから、本能的に身構えてしまい、不安を感じたのでしょう。)私が今までの経過を話し終わるか終わらないうちに、今まで受けてきた治療に対する否定や批が機関銃のように先生の口から飛んできました。ただ驚いて聞くばかりでしたが、そのうちどうしてこんな言われ方されなければいけないのかと腹が立ってきました。(私は現在のリウマチの治療がいかに間違っているかを、手を変え品を変えて説明します。患者が私を疑い深い猜疑心で満ちた胡散臭そうな目つきで私の話を聞いている時に、私は一番大きなストレスを感じます。このような疑いを晴らすために、ますます大きな声で情熱を込めて私がリウマチを治す理論とそのやり方を説明するのですが、相手はますます疑いを強めていると感じる時に、私の側としても信じなければ治療を受けなくてもいいのではないのかという気になり、愚かな人達だと絶望的な気分になってしまいます。こんな時に医者が嘘をついたら罰せられるという法律があれば、どれだけ気が楽になるでしょう。このような法律がないものですから、私は自分の言葉に保証をつけるために『治らなかったら金を返す』と口走ります。こんな言葉を吐ける責任感の強い医者が世界中に他にいるでしょうか。これだけのことを言っても疑われていると思うと、本当に悲しくなると同時に怒りも込み上げてきます。)横で聞いていた夫の顔色も変わっていてけんかになるのではないかと、私はヒヤヒヤしていました。そして私は冷静をよそおい聞いてみました。「先生リュウマチは本当に治るのでしょうか。」すると先生はますますいきり立ち、「そんなに信用できないのなら、治った人に直接聞きなさい!」とすごい口調で電話を取り話をさせるのです。本当にこれまたびっくり、「何て変わった先生!」(長時間リウマチは治るという根拠を一生懸命喋ってきたのに、全く理解されていないと思った時になんて愚かな人達だ、と思い怒り心頭に発してしまうのです。こんな時、『私が信用できなければ帰ってください』と言うのが常だったのですが、この時ばかりは治った人の話を聞かせる気になったのです。この患者さんは極めて幸運な患者さんです。日本人は頭の中に他の人と違った発言や行動をとると、その正否を判断せずに排除するという島国根性があります。すぐにそのような人を変わった人間として拒絶する傾向があります。このような物の考え方は21世紀の世界では通じなくなるでしょう。日本人はもっと本質を眺める訓練をするべきですが、現代の教育では無理でしょう。)

そんな印象でした。聞くところによると、時々喧嘩になって帰ってしまわれる患者さんがおられるようです。(金儲けを第1に考える医者ならば、一人でも患者を逃すことは収入を減らすことになりますから、喧嘩などというような阿呆なことは絶対にしません。しかしながら私は金儲けのために信頼を築けない物のわからない愚かな患者に、へつらって医院に来てもらうことをしたくはありません。私は患者さんを診察するのは病気を治すためなのです。患者が医者に信頼をもっていない時には正しい治療は不可能であり、従って難病を治すことができないからです。実際患者にも嘘つきな人がいます。私がやりなさいということを、やっていないにもかかわらずやっていると嘘をつく患者を何人も見てきました。こんな時には治療の効果は上がりません。こういう患者に対しては私ははっきりと『私の医院に来ても意味がない』と言って喧嘩になることもあります。私の信念を理解して下さい。)先生には失礼な事を書きましたが、折角の治るチャンスを逃がしてしまわれる方がいるのでとても残念でなりません。

家に帰り、夫と色々話をしましたが。先生とのやり取りで腹が立った事など。(間違った医療が平気で行われるのは、医療制度が無責任であるからです。医療制度は政治が決めるものですから、政治を変えない限りはこのような無責任な医療は変わらないのです。さらに政治を決めるのは何も政治家ではなくて、政治家を選ぶ一般大衆であるわけですから、『大衆が愚かだから、大衆が無責任だから』と言って患者を怒らせる事がしばしばあります。でも絶対の自信がおありだということは、二人で感じ取れました。「絶対治る。治らなかったら治療費を返します。」という先生の言葉を信じてみようと、治療を決心しました。(こんなことを語れるのは、世界で私唯一人です。このようなことが言える医療が世界中に広まれば、全ての患者さんが幸せになれるでしょうに。)

2000年 記

 それぞれ人によって、これまでの経過が違うように症状も違うようで、私は痛みとの闘いで、その痛みも半端なものではなく、二度と味わいたくないものでした。今まで使っていたボルタレン坐薬や、湿布も使えません。1日3回の煎じ薬と、週1回の鍼治療、家での毎日のお灸と漢方風呂あとは痛みと向かい合うことでした。(現代医療は免疫を一時的に抑制し、一時的に痛みを取るだけで根本治療とは全く関係がありません。しかも薬の効き目がなくなるとリバウンドが生じ、痛みが一層ひどくなっていきます。こんな薬はいち早くやめるべきなのです。しかし勝手にやめてはいけないステロイドホルモンがあります。これは副腎皮質で作られているのですが、外部から投与すると副腎皮質の働きがなくなっていきます。こんな時突然にステロイドホルモンの投与を止めると、副腎皮質不全が生じ死ぬことがあるので、勝手に止めては絶対いけないのです。)

 4月2日から治療を始め、薬のリバウンドが出だし、5月には夜も眠れない程痛みが全身を襲うようになりました。一人では起きあがれなくなり、6月頃にはほとんど寝たきり状態になっていました。床ずれも少しできかけていた程です。痛くて痛くて、つらくてつらくて、毎日泣いていました。食欲もなく、下痢や発熱でどんどん痩せていき、60kg近くあった体重も50kgまでなっていました。日常生活も服の脱着、排泄から入浴全てにおいて、人の手を借りなければならない状態でした。まるで赤子のようになってしまった自分が情けなくまた涙しました。(この人のリウマチの経過を見ていると、進行がとても早いので悪性リウマチに属するリウマチだと考えられます。このような人のリバウンドは極めて重篤な症状が出てきます。しかしこのようなリウマチも治すことができるのです。)

 夫はそんな私を、いつも励まし、ぐち一つ言わず一生懸命世話をしてくれました。本当に有難かったです。私が頑張れたのは夫のおかげです。今こうやって筆を走らせていても思い出して涙が出てきます。当たり前に動けていたことがどれほど幸福だったか、健康な時には何も感じなかった事です。(リウマチのリバウンドを乗り切るのは、自分一人でできるものではありません。必ず家族の手厚い介護が必要となります。お灸一つをとっても全ての部位を自分一人でできるものではありません。)

 一日中上を向いたままベッドで横になっていると元気に歩いていた頃の感覚が薄れていき、このまま歩けなくなるのではないかという気さえしていました。私はこれから一体どうなるのだろうか、本当に良くなるのだろうか、この治療で本当にいいのだろうか。松本先生は大ホラ吹きなのだろうか。やはりあの手記はインチキだったのか、と色々な不安や迷いがでてきました。そうしながらも、週一回の治療は必ず行きました。というより夫に促され、しぶしぶ行っていました。(この人の手記は包み隠さず全てを正直に語ってくれているので極めて価値の高いものです。このような正直な方は私は大好きです。世界中の医者が治せないリウマチを、私だけが治しているという事実を誰が信じるでしょうか。ひょっとすればこの文章も患者を集めるための嘘の文章だとまだ思っている人がいるかもしれません。とりわけ近頃、日本人は拝金主義者に成り下がってしまいました。毎日の新聞を見なさい。金を手に入れるために上は高級官僚政治家から、下は無教養な大人や子供まで罪を犯している記事で満載されています。奈良県立医大の大学教授が何人も捕まっています。こんな犯罪は表には出ていませんが、どこの大学病院でも行われていることなのです。まさに日本の社会は不正な金まみれの話で一杯です。倫理も道徳も全て地に落ちてしまいました。こんな時代に他の人が治せない病気を、金を儲けるために治ると私が嘘を言っていると思われても当然かもしれません。このような社会の病気を治す方が、リウマチを治すよりもはるかに難しいと考えられる時代に、私だけが嘘つきではないと誰が信じるでしょうか。しかし果たして結果はどうなったでしょうか。最後まで読んで下さい。)

 鍼の治療はいつも緊張していましたが、織田先生との会話が楽しみでもありました。織田先生には励まされたり、慰められたりいつも元気付けられていました。そして松本先生の「絶対治る、治してあげるから。」という言葉を聞いて、少し不安が消え、「又、頑張ろう!」というという思いで家に帰っていました。毎週それのくり返しでした。「絶対治るんだ!」と自分に言い聞かせ、何度も何度も口に出して呪文のように毎日唱えていました。(医者は宣伝が許されていませんから、嘘をつけば信用されなくなり、患者が誰も来なくなり、社会的に抹殺されてしまいます。私は三つの国公立大学で学んだ人間です。そんな男が後でばれる嘘を堂々とつきまくるほど馬鹿な男だと思いますか?そんな嘘をつくのには私は賢すぎるのです。)

 7月に入って、少し痛みが和らいだ時がありました。信じられないような気がしましたが、とても幸福な気持ちになりました。痛みが少しずつ変わっていったのです。その日から少しずつ「絶対治る。」が確信へと変わって行きました。治療もそれからは積極的に行くようになり、本当に薄皮を剥ぐように、少しずつ、少しずつ、でも確実に良くなっていきました。それは自分自身でも感じ、他人の目からも分かるように症状が改善していったのです。9月頃には日常動作も大分楽になり、10月頃は身の回りの事から家事までできるようになりました。11月の血液検査では、ほぼ正常値になりアトピーが出ているだけで、ほとんど普通の生活に戻る事が出来ました。私の経過を見ていた近所の人達も驚くほどでした。(この患者は始めは猜疑心一杯の夜叉のような顔つきをしていました。ところが徐々に痛みが取れていくとともに、まるで乙女のような若い美しい顔に戻っていきました。始めから素直に私の言葉を信じていれば夜叉のような醜い顔になる必要はなかったのに。私が他の医者とはまるで人間が違うことをなぜもっと早く気付かなかったのでしょうか。残念です。)

 この治療をする前は副作用のきつい薬を一生飲み続けなければならないのかと思った事もありましたが、その必要もなくなり明るい未来を勝ちとったという感じです。私の中での完治は両手を大きく上げて、「バンザーイ、治ったー。」と空に向かって大きな声で叫ぶことです。そうなるのももう間近だと思っています。(この人は数ヶ月間仕事ができなかったのですが、現在はご主人の会社の仕事をどんどんしておられます。)

 近年西洋医学の進歩もめざましいものがありますが、今回の体験を通し、東洋医学のすばらしさ、漢方と鍼灸の効果のすばらしさをつくづく感じました。松本先生の地道な研究や日々の診察が私達リュウマチ患者にとってどれだけ希望に満ちた心強いものであるか、私は声を大にして言いたい。そして先生が大ホラ吹きでもなければ、手記がインチキでもなかったということも。(この言葉には、本当に私にとってまるで冤罪を晴らしたかのような快哉を叫びたくなるほどのさわやかさを感じます。私は絶対に嘘を言うような男ではないことを証明してくれました。先ほども述べたように、金の為に日常茶飯事に嘘が飛び交っています。なぜ嘘をついた人は罰せられないのでしょう。この法律が作られるだけで世の中は住み易く明るくなるのです。無責任な人間が減ってしまうでしょう。このような法律を作れる政党を選びましょう。皆さん、もっと勉強して賢くなりましょう。)

 先生本当に有難うございました。又、織田先生、スタッフの皆様有難うございました。最後にへのご無礼をどうぞお許し下さい。