「リウマチになって」 匿名希望 30

 私が整形外科の医師から「リウマチかもしれない。」と言われたのは、平成92月のことでした。最初は両手の人差し指に鍼で刺されたような痛みを感じ、次は朝の手のこわばりや階段を下りる時に足がずーんと重く感じるようになりました。その後は日を追うごとに痛いところが増えだし、気が付くと両手は赤く腫れて手を握ったり、曲げたりするのが苦痛になってきました。

 当時、私は結婚をしたばかりで、慣れないながらも家庭と仕事の両立をしていましたが、毎日のように近くに住む義父母にあれこれと干渉され、精神的にも肉体的にもいつもへとへとの状態でした。今考えてみると、その時のストレスがリウマチ発症の原因であったのではないかと思っています。

 そうこうしている内にも痛みは治まらないので、国立病院や日赤などでも検査をしてもらいましたが、いずれも抗体が高く「リウマチが疑わしい。」との事で、その時からずっと抗リウマチ剤や消炎剤を服用するようになりました。

 私が「リウマチかもしれない。」ということで婚家では大騒ぎになりました。「リウマチは一生治らない病気。若いから進行も早いだろうし、車椅子や寝たきりになんかなられたら息子が大変なので離婚して欲しい。」と実家を通して申し入れてこられました。主人も義父母と同感だということで離婚を決意しました。結婚生活はほんの数ヶ月でした。

 しばらくは涙、涙の毎日でしたが、数ヶ月もすると痛みは減少し、痛みが出始めてから1年後には全て正常値となり薬も一切止めることができました。

 再び症状が出始めたのは、23ヵ月後のことです。今回は両手の指ばかりであまり進行はなく日常生活に不自由はなかったのですが、松本先生に出会う平成138月までずっと薬を飲み続けていました。

 松本医院のことを知ったきっかけはインターネットでした。縁あって今の主人と結婚し、退社してリウマチについて調べている最中でした。先生とお会いして第一声に「もっと早く来ないと駄目じゃないか。でも必ず治してあげます!」と。心のこもった力強い握手も一緒でした。今まで治らない、治らないと言われ続けてきたため、先生の言葉に涙が溢れて止まりませんでした。

 その日から私の戦いは始まりました。煎じ薬にお灸に鍼。戸惑いもありましたが、苦い薬を飲むと早く治るような気がして何杯も飲みました。お灸も日に2度、3度と続けました。鍼は毎週通えないので、近所の鍼灸院で診てもらいました。そうこうする内に、次第に右手首や右足首も痛くなり始め、血液検査の血沈やRF値もだんだん上がっていき、歩くのも少しびっこをひいて歩くようになってきました。患者さんの手記を読んで「これがリバウンドかな?」とは思うものの、心中は「これからどうなるのだろう・・・」という不安で一杯でした。しばらくリバウンドは続きましたが、今年の7月頃になると痛かった右足もさして痛みを感じなくなってきました。そのかわりくしゃみが止まらず、目も痒くなって花粉症のような症状におそわれるようになりました。その頃から先生に薬草風呂に入るよう指示され、最近ではリウマチの痛みはあまり気にならなくなってきました。やっと血沈などは正常になり、あとは抗体が正常になるのを待つだけとなりました。

 一生リウマチと付き合っていかなければならないと言われ、将来が真っ暗になっていたのを松本先生に助けていただきました。本当に先生に出会わなければ今頃は車椅子か寝たきりになっていたに違いありません。薬を長期に渡って飲み続けてきたためにリバウンドも数回起こりましたが、完治までもう少しです。もうしばらくお世話になるかと思いますが、先生宜しくお願いいたします。